Prologue

 彼が言った。
「あの子にはもう、俺しかいないんだ。君には、俺以外にもいるだろう。その子とか。それに君は強い女性だから、俺がいなくても…」
――大丈夫だって?あなたは、何を言っているの?今一番あなたを必要としている人が、目の前にいるじゃない。どうして分からないの?

「分かってる。君には、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。よりにもよってこんな裏切り方…。でも、もう彼女を放っておくなんて、俺には出来ない。……許してくれ、とは言わない。ただ、彼女のことは…恨まないでやってくれ」
――恨まずにいられると思う?一番信頼していた部下に裏切られたのよ?

「彼女は、君のことを考えて、ずっと俺を避けてた。でもやっぱり、独りは辛かったんだよ。…こうなってしまって、一番責任を感じたのは、俺じゃなく彼女だ。……彼女があんなことをすると分かった以上、もう離れるつもりはない。俺には、彼女のそばでずっと見守っていく義務があるんだよ」
――そんな義務はない。あの事について、あなたに責任はないのよ。彼女を追い詰めたのは、彼女自身なんだから。義務なら、生涯を誓った相手にこそあるはずよ。お願いだから見捨てないで。

「慰謝料は払う。養育費も。君がやりづらいと言うなら、職場も変える。顔も見たくないなら、どこか遠くに行くよ。本当にすまない」
――違う。そんなこと求めてない。分かるでしょう?一番、何を望んでいるのか。

「やっぱり君は強い女性だね。君なら、分かってくれると思ってた。彼女のことは、何があっても幸せにしてみせる。今までありがとう。君も、どうか…その娘と幸せになってくれ」

 彼は玄関へと向かう。私の言葉は何ひとつ届いていない。後を追った。
 ドアの前に立つと、彼が振り向いて、私に言った。
「ごめんな。お前の事、もっと大事にしてやりたかったのに、出来なかった。……不器用でごめん」
――そんなことはどうでもいい。お願い、私も連れて行って。ここに一人にしないで。

 彼は一度も振り向かずに、家を出て行った。


Prologue 完
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